―今年で2回目の開催となった「Japan Best Ramen Awards」。「ラーメン店主が選ぶ本当においしいラーメン店」をコンセプトに、日本全国の有名ラーメン店主の方々に調査をした結果、「ラーメン屋 トイ・ボックス」の名前を挙げる店主さんが多く、この度見事5位に輝きました。まずは率直な感想を教えてください。 ラーメン屋さんにそう言ってもらえることはすごく光栄なことですし、今後もこれまで以上に頑張ろうという気持ちになります。 ―「Japan Best Ramen Awards」では、日本全国の有名ラーメン店主さんを対象に調査を行いましたが、山上さんは普段から親交の深いラーメン店主さんはいらっしゃいますか? 憧れていたり、お世話になっていたり、お手本として見させてもらってるのは「ロックンビリーS1」の嶋崎(順一)店主。あとは一緒に「workshop」というグループをやらせてもらっている「中華そば しば田」の柴田(貴史)店主をはじめ、グループにいるメンバーの方々は深く関わっています。 ―今回、多くの店主さんに本当に美味しいラーメンとして選ばれた「ラーメン屋 トイ・ボックス」さんですが、山上さんが思う”本当においしいラーメン”とはどのようなものだとお考えですか? やはり僕は嶋崎さんのラーメンに憧れて、背中を追いかけてこの業界に入っているので、「ロックンビリーS1」の嶋崎さんの作る「尼ロック」が1番おいしいラーメンだと思っています。 ―山上さんの作るラーメンには、嶋崎さんの作るラーメンに追いつきたい、追い越したいという想いも込められているのでしょうか? 「追いつきたい」とか「追い越したい」とかなんかはおこがましくて口に出せないですし、無理だと思います。ただただ嶋崎さんの足跡を追っていければいいかなと。それ以上の言葉はないです。 ―様々な種類や形のラーメンがある中で、現在のスタイルのラーメンを作られているも嶋崎さんの作るラーメンの影響が大きいですか? 昔からラーメンは好きでかなり食べ歩いていますが、初めて食べた時にこれ以上の衝撃を受けたラーメンがないんですよね。 当時、嶋崎さんがこの業界に颯爽と現れ提供していた「2号ラーメン」は、鶏、水、生の醤油から火を入れて自分で調整したタレを使用していて、そういう手法を使ったラーメンを食べたことがなかったので本当に衝撃的でした。 当時は「魚介豚骨」や「二郎系」が流行っていて、今で言うスタンダードとかベーシックとも言えるようなラーメンはなかなか無かったわけですよ。 それはやっぱり憧れるし「この業界に入るのであればこういうラーメンを作りたいな」っていう衝動に駆られました。 ―嶋崎さんのラーメンを志し、現在の形に至るまでにはどのような苦労や試行錯誤がありましたか? 毎日試行錯誤だし、毎日苦労してるし、どのようなと言われると結構難しいですね。1つ変えればまた1つの課題が見えるし、課題をクリアできているのかすらわからない。答えがないので、難しかったことや課題を聞かれても、現時点ではなんて答えたらいいかわからないです。一区切りしてるものは1つもないので。 ―この先もラーメンを作り続けていく上で、「ゴール」や「完成」はないということでしょうか? 完成することは一生ないと思うし、もしも自分の中で完成したと思うのであれば、もうそれは辞める時だと思うし、それ以上進化できないと自分で認めてしまうことだから、それはないと思うし現時点でも完成しているとは思わない。 毎日色々な発見があるから、完成することは多分ないでしょうね。間違いなく。 ―日々、試行錯誤されているということですが、嶋崎さんの下でお手伝いをされていた時期や、間借り営業をされていた時期など、トイ・ボックスをオープンする前に苦労された点はございますか? まず最初はお金ですよね。最初からお客さんはなかなか来ないし、僕らが始めた時はネットのおかげでオープン景気もあったけど、お客さんが定着するわけでもないですし、売り上げも安定しない時期が1年以上は続いたのかな。ラーメンを作るというのは日々の仕事だから、苦労という感覚にはならないです。 あとは、自分の時間が取れないことはやっぱり大変ですよ。開店当初は1人だったので、夜中の2時ぐらいに卵を剥いて、味玉のタレにつけて帰って、3~4時間寝て店に来るというのがほぼ毎日でした。今はスタッフもいるので自分の時間っていうのはちゃんと確保できてます。当時は本当に寝る時間もままならないとか、自転車で居眠り運転したこともあるくらいです。 ―山上さんがこれまでラーメンを作り続けてきて、1番嬉しかったことはなんですか? そう言われるとあんまりないかな。でも、自分のやっていることを認めていただいて、カップ麺とかチルド麺への商品化の声が掛かるのは嬉しいですね。親が喜ぶので。TRYラーメン大賞(講談社)で大賞を獲ったりするのも親が喜んでくれるから嬉しいです。 ―“ご両親の喜び”に嬉しさを感じるのですね。 周りの人が喜んでくれるから嬉しい。自分自身としては、それを目標としてやっているわけではないので。応援してくれる人が喜んでくれるから嬉しいという思いは当然ありますよ。 ただ、お客さんの反応はあまり気にしないようにしてます。美味しいというリアクションの反対側では美味しくなかったと思ってるお客さんもいるわけですから。1人1人のリアクションで一喜一憂してたら、こんな仕事全く務まらないと思うし、極力気にしないようにしてます。ラーメンを作るだけです。 ―「トイ・ボックス」という名前は「子供の頃にワクワクした気持ちを忘れないでラーメンを作りたい、食べに来てくれたお客様にいろいろな味の選択などを通してワクワクしてもらえるように」という理由で付けられたと伺っています。 「お客さんにワクワクしてもらえれば」というのは言った覚えがないんですよ。どこかの記者さんが脚色して作った文章がいろんなところで使われてるんだと思いますけど、別に悪いことじゃないのでそのままでいいかなと思って何も言ってません。 自分自身がラーメンを好きになった時期やきっかけを思い返してみた時に、僕らの子供の時代は超合金のロボットが流行っていて、そんなのがいっぱいおもちゃ箱に入ってたんです。そして新しいおもちゃが入ってくるたびにワクワクするんです。でも、大人になるとワクワクする気持ちってなくなっちゃうでしょ? その感覚を忘れちゃうから、せめてラーメンを作ってる時だけはその気持ちを忘れないようにしたいという気持ちと、いろんな種類があってもお客さんなりのお気に入りの一品があればいいなという思いで名付けました。だから「醤油」「塩」「味噌」と複数種類を作ってます。 ―当時のワクワクの気持ちは今も忘れずにいられていますか? うん。ラーメンもラーメンを作るのも好きだし、毎日仕上がりも微妙にずれてくるし、それがいいのか悪いのかは別にしても、そういうものはやっぱりワクワクする。駄目だった時はその理由を探すのがまたワクワクするでしょ。そういったラーメンに対しての気持ちは、お店を出した時から1つもぶれてはいない。 ―ラーメンの食べ歩きもお好きとのことでしたが、山上さんが人生最後に食べたいものもラーメンですか? 人生最後はラーメンじゃないかもしれない。シンプルにゴマ塩ご飯とかかも。ゴマ塩すごい好きだから。最後にラーメンを食べるなら、嶋崎さんの作ったラーメンが食べたいです。 それが叶わなければ「サッポロ一番みそラーメン(サンヨー食品)」かな。 生まれて初めて食べたラーメンで、3歳ぐらいの頃におばあちゃんが作ってくれたものを食べてからラーメンにはまったの。自分にとっては「こんな食べ物あるんだ!」って衝撃的だった。そもそもおばあちゃんが料理上手で色々なものを食べさせてくれてたけど、おばあちゃんが作るサッポロ一番みそラーメンはすごい鮮烈に覚えてる。おばあちゃんは麺を半分に割ってくれるの。 ―幼い孫が麺をすすりやすいようにという優しさですね。 子供だったから上手く麺をすすれないのが理由って聞いてたんだけど、最近父親に聞いたら「入る鍋がなかったからだよ」って言われて(笑) ―山上さんが大事にされているお言葉や座右の銘はございますか? “できるできないじゃなく、できるまでできるかできないか” しつこいんですよ、性格が。1つのことに対して納得が行くまでやり続けないと気が済まないし、未だに自分の作ってるものに納得がいかないからやり続けてる部分もあるだろうし。 ―TRYラーメン大賞では連覇もされました。多くの賞を受賞されたり評価をされることによって慢心してしまうことなどないのですか? 賞を獲ったことによって矢面に立つ場面も多いと思いますし、そのほうが怖いです。評価してくれる人も多いのかもしれないですが、その対局もいるわけですから。 もちろん100人が食べて100人が美味しいと言う食べ物はこの世には存在しないですし、一番売れてるものが一番美味しいんだったら、それは「カップヌードル(日清食品)」でしょ? ブルーハーツ(甲本ヒロト/元THE BLUE HEARTS)も言ってるように。でも、それを1人でも減らせればいいなとは思います。佐野さん(「支那そばや」故 佐野実氏)の「ラーメンはいつもぶれる、その幅を狭くするのが俺たちの仕事だ」という言葉を嶋崎さんから教えてもらった時から天狗になるという発想がないです。 ―2013年12月15日にオープンされた「ラーメン屋 トイ・ボックス」は来年で10周年。感慨深さはありますか? よく続いてるなと思います(笑) ラーメンが好きだから続けられてるし、正直接客がいいとは1ミリも言えない店だけど、共感してくれてる人がいるからお客さんも来てくれるのだと思っています。まぁ、これしかできないから。 ―先月には、親交の深い「中華そば しば田」とのコラボカップ麺も発売されました。コロナ禍や自粛ムードも少しずつ緩和され、日常が戻りつつある1年でした。山上さんにとってはどんな1年でしたか? 自分自身の中で色々とバタバタした印象があるかな。 例えば、コロナでラーメン屋さんや飲食店も休みだったりすると、鶏とかも生産数を減らすので材料が回ってこないことがあるわけですよね。その影響でテストしてみた食材が良かったから新たに採用したり、閉店してしまったお店があるから、使いたかった物が使えるようになったり。素直に喜んでいいことかどうかわからないけど、いろんなものが試せたりして自分にとってはプラスになったことも多いかったのかなと思います。ただ、それを手放しで喜べる状況でもないという印象です。 ―最後に、山上さんご自身の今後の展望や目標を教えてください。 自分自身が変わらないことです。ラーメンに対しては今のままで居続けること。 自分が納得できるものを作りたいです。 ―ありがとうございます。自分が変わらないこと、納得できるものを作る。トイ・ボックスのラーメンはこの先も更に進化を遂げ美味しくなり続けていくのだと感じました。 山上さん、本日は貴重なお時間ありがとうございました!背中を追いかけ続けて
周囲の喜びが自分の喜び
童心を忘れることなく
鮮烈な記憶
信念を曲げずに
・プロフィール山上 貴典 店主
2013年、東京都荒川区に「ラーメン屋 トイ・ボックス」を開店。
TRYラーメン大賞総合部門2連覇を果たすなど、同店は今や日本を代表するラーメン店として名を轟かせる。
鶏と醤油にこだわる淡麗系のラーメンは、醤油ラーメンの最高峰と言っても過言ではない。